中国第3次改正法における、権利の二重付与禁止に関わる規定の調整
中国第3次改正法における、権利の二重付与禁止に関わる規定の調整
——日本の出願人は、同一の発明創造に関しそれぞれ特許と実用新案を
出願できる制度をいかに活用すべきか
汪恵民*,張立岩**,石井久夫***
始めに
中国の専利法1)には、日本法のように発明特許出願を実用新案特許出願に変更できる旨(日本実用新案法第10条)、又は、実用新案特許出願を発明特許出願に変更できる旨(日本特許法第46条)の規定はない。しかし、中国特許法では、同一の出願人は同一の発明創造について、それぞれ発明特許と実用新案特許を出願することができ、かつ、発明特許出願が実体審査において権利付与条件を満たす場合、出願人は先行して獲得した実用新案特許権を放棄することにより、発明特許権を取得することができる。言い換えれば、中国においては、出願人はこの法律規定を柔軟に運用すれば、発明特許と実用新案特許両制度の良い点を十分に生かすことができ、自らの発明をさらに有効に保護することができる。
実用新案出願が特に有利であるのは、実用新案出願は初歩審査のみでただちに権利が付与され、早期に実用新案特許権を取得できる(通常は出願日から6~12ヶ月)点である。一方、発明特許出願は実体審査に2~3年を要し、特許権取得が遅くなる(通常は出願日から約5~6年)。
実用新案出願のもう一つの優位性は、出願時の費用が少なくて済む(審査料不要)ことと、登録後、権利を有効に維持するための年金も 特許より安いことである。
実用新案特許権はこのほかにも優れた点がある。通常、実体審査を経ずして取得した権利は安定性に欠けると認識されているが、実際には、実用新案特許権はかなりの安定性を有している。これは実用新案の創造性(進歩性)要件の要求レベルが比較的低い(“小発明”=考案)ことによる(詳細は後述する)。現実の実用新案特許権無効審判において、一つの実用新案特許権を無効にするのは、一般に想像されるより難しい(特に外国の出願人の場合)。
別の面から見てみよう。特許制度の核心は特許法である。特許法の最も重要な役割の一つは特許権の保護であるが、特許法による発明特許と実用新案特許の保護の程度は同じである。特にここ数年、実用新案特許権に関わる侵害紛争の損害賠償額は上昇し続けており(例えば、2009年浙江省高級人民法院によると、正泰集団(原告)とシュナイダー?エレクトリック?グループ(被告)は、被告が原告の実用新案特許権97248479.5号を侵害した件に関して和解に達し、被告は原告に対し補償金1.575億元余を支払うこととなった)、実用新案特許権の有効利用は、ますます重視されるところとなっている。
もちろん、実用新案特許権を発明特許権と比べた時の弱点は、保護期間が出願日から10年と短期であるということにある(発明特許は20年である)。しかし、もし出願人がこの異なるタイプの権利の長所を十分に利用し、短所を補うならば、自らの発明が充分に法的に保護されるようにすることができる。中国の特許出願人は、早くからこの制度を柔軟に活用してきた。つまり、一つの発明創造に対して発明特許と実用新案特許とを双方出願し、発明特許が権利付与される時に、実用新案特許権を放棄するか、発明特許出願を放棄するかを選択してきたのである(必ずしも実用新案特許権を放棄するとは限らなかった)。
ここ数年、特許法のこの規定については、中国の出願人が利用するのみならず、外国の出願人もこの特殊規定に着目し、優先権を主張して中国に出願する時、発明特許と実用新案特許の両方を出願するようになってきた。
しかし、中国特許法は第3次改正において、権利の二重付与禁止に関わる規定を調整した。改正法の規定によれば、出願人は同一の発明創造について、改正前のように簡単には発明特許と実用新案特許を出願することができなった。また、ここ数年、外国の出願人がより多くのPCT国際出願を行い、30ヶ月の優先権期間内に国内段階に移行していることから、PCT国際出願というルートによる場合、出願人は今後も中国において発明特許と実用新案特許との双方を出願するという制度を利用できるかどうかが、問題となって来た。本文は、日本の出願人から提起された実際的問題として、PCTを利用する際、中国でどのように発明特許と実用新案特許を出願するかについて考察したものである。
一、中国第3次改正法における、権利の二重付与禁止に関わる規定の調整
第3次改正法における、権利の二重付与禁止に関わる規定の調整は、主として、権利の二重付与禁止に関わる規定である旧特許法実施細則第13条第1項の規定を、特許法第9条に盛り込み、また、旧審査指南中の「同一の出願人が同日に同一の発明創造について、実用新案と特許を出願した場合の処理規定」特許法第9条に盛り込んだ点にある。改正特許法第9条の規定は次の通りである。
1.同一の発明創造には1つの特許権のみが付与される。ただし、同一の出願人が同日に同一の発明創造について、実用新案特許と発明特許の双方の出願を提出した場合、先に取得した実用新案特許権が未だ終止しておらず、且つ出願人が当該実用新案特許権を放棄する旨を声明した場合、発明特許権を付与することができる。(追加)
2.二以上の出願人が同一の発明創造について個別に特許出願した場合、特許権は最先の出願人に付与される。(改正なし)
改正法第9条の修正に対応し、実施細則第41条に第2項と第5項を追加した。
第2項 同一出願人が同日(出願日を指す)に同一の発明創造に対して、既に実用新案特許又は発明特許を出願している場合、出願時にそれぞれ同一の発明創造に対して他の特許を出願していることを声明していなければならない。声明がなされていなかった場合、特許法第9条第1項の、同一の発明創造に対して、一つの特許権だけを授与するとの規定に従って処理する。(追加)
第5項 実用新案特許権は、発明特許権の授与を公告した日に終了する。(追加)
特許法第9条及び実施細則第41条の修正に伴い、審査指南も対応する修正を行った。同一の発明創造に対する処理に関し具体的規定を置いたほか、旧審査指南第二部分第三章第6節(同様の発明創造に対する処理)の「二重付与の禁止とは、同一の発明創造に関し、有効状態にある特許権が複数同時に存在することができないことを指す」という内容を削除した。これが、中国特許法の「権利の二重付与禁止」の理念の重要な修正点である。
改正法以前、中国の特許分野では従来より「権利の二重付与禁止」とは、「同一の発明創造について、有効状態にある特許権が2以上同時に存在することができない」と理解されていた。こうした理念の下、同一の出願人は同一の発明創造に関し発明特許と実用新案特許を出願することができ、後から審査する発明特許出願が権利付与の条件を満たす時、出願人は先に取得した実用新案特許権を放棄することにより、代わりに発明特許権を得ることができるのである。これは同時に、前述の「同一の発明創造について、有効状態にある特許権が2以上同時に存在することができない」という法理に合致するものでもある。
しかし、改正法が権利の二重付与禁止に関わる規定を調整した後、「権利の二重付与禁止」とは「同一の発明創造には2回以上の特許権を与えることができない、ことを指す」と解釈されるようになった。こうした権利の二重付与禁止の理念の下では、同一の発明創造について発明特許と実用新案特許の双方を出願したとしても、実際には意味がないことになる。しかしながら、立法者は中国の実情、及び、中国では同一の発明創造について発明特許と実用新案特許を重複して出願することが広く行われており、また科学技術の進歩にも積極的役割を果たしていることを考慮し、立法上、現行のやり方に一つの特例を設けた。それが、改正法第9条第1項の後段「ただし、同一の出願人が同日に同一の発明創造について、実用新案特許出願と発明特許出願の双方を提出した場合、先に取得した実用新案特許権が未だ終止しておらず、且つ出願人は当該実用新案特許権を放棄する旨を声明した場合、発明特許権を付与することができる。」という規定である
同様に、実施細則第41条第2項では、前述の特例にさらなる限定を加え、「同一出願人が同日(出願日を指す)に同一の発明創造に対して、既に実用新案特許又は発明特許を出願している場合、出願時にそれぞれ同一の発明創造に対して他の特許を出願していることを声明していなければならない。声明がなされていなかった場合、特許法第9条第1項の、同一の発明創造に対して、一つの特許権だけを授与するとの規定に従って処理する。」としている。
従って、第3次改正法における権利の二重付与禁止に関わる規定は、新たな法理の下、条件を付加して一つの例外として、同一の発明創造に対し2回の特許権を取得することを許している。その条件とは次の通りである。
1.同一の出願人が同日(出願日を指す)に、同一の発明創造について実用新案特許と発明特許とを出願する。
2.出願時に、同一の発明創造についてもう一つ別の特許を出願している旨を宣言する。
しかし、これら条件は相当に厳しいものである。なぜなら、
その一:「同日(出願日を指す)」という条件は、以下のように処理される。実施細則第11条によれば、特許法第28条(出願日)及び第42条(分割出願)に規定された場合を除き、特許法でいう出願日とは、優先権がある場合には、優先日を指す。本細則でいう出願日とは、別段の定めがある場合を除き、特許法第28条に規定された出願日を指す。
特許法第28条によれば、国務院特許行政部門(特許庁)が特許出願書類を受領した日を出願日とする。もし、出願書類が郵送であれば、差し出し時の消印日を出願日とする。(又は該出願日を提出日と呼ぶ)
従って、改正法第9条に則り、同一の出願人が同一の発明創造について、実用新案特許出願と発明特許出願の双方を提出する場合には、必ず同日、即ち同じ日に中国特許庁に提出しなければならない。
その二:出願時には、同一の発明創造についてもう一つ別の特許を出願している旨を声明しなければならない。即ち、発明特許と実用新案特許を出願する時には、同日に実用新案特許と発明特許を出願していることをそれぞれ声明しなければならない(発明特許又は実用新案特許の願書において、本出願人が同一の発明創造について、当該発明特許又は実用新案特許の出願日に、他の実用新案特許又は発明特許を出願した旨を声明しなければならない)。ここで注意すべきは、もし、出願人が声明しなければ、出願人は後の実用新案特許権の放棄により代わって特許権を取得するという機会を失うことになる。
二、同一の発明創造について発明特許と実用新案特許の双方を出願する制度を、如何に利用するか
上述の説明でわかるように、同一の出願人が、改正法第9条が出願人に与える例外規定を利用しようとするならば、前記2つの条件を同時に満足しなければならない。以下、出願人が採るべき方法を具体的に分析する。
1.中国特許庁に、初めて出願を行う、又は国内優先権を主張する出願を行う場合。
もし、同一の出願人が、中国特許庁に初めて出願を行う、又は国内優先権を主張する出願を行う場合、当該出願人は初めての出願時(又は国内優先権を主張する出願を行う時)に、特許庁に対し同日に発明特許出願と実用新案出願をそれぞれ提出し、かつ、願書中に同日に同一の発明創造について発明特許と実用新案特許の双方を出願する旨、声明すればよい。
2.外国優先権を主張して中国特許庁に出願する場合
出願人がパリ条約の規定に則り、外国優先権を主張して中国特許庁に特許出願を行う時、上記1.の方法と同じく、発明特許の出願と実用新案特許の出願をそれぞれ提出し、同様に「同日、同一の発明創造について発明特許と実用新案特許の双方を出願した旨を声明する」。
出願人が上記1.又は2.の方法で、中国特許庁に対し同一の発明創造についてそれぞれ発明特許と実用新案特許を出願する場合、旧法と違う点は次の通りである。
(1)必ず同日に発明特許と実用新案特許の双方を出願しなければならない。
(2)提出する願書中に、同一の発明創造について同日に発明特許と実用新案特許の双方を出願する旨を声明しなければならない。
上記の条件改正法第9条の規定を満足することは、出願人(中国の出願人であろうと、外国の出願人であろうと)にとってさほど難しくないと、言えるであろう。換言すれば、同一の出願人は上記1.又は2.に従えば、改正法第9条第1項及び実施細則第41条第2項の規定を満足することができ、中国特許法が同一の発明創造に対する出願に与えた優遇策を活用することができる。
しかし、ますます多くの外国の出願人が、PCT国際条約のルートを利用して、まず自国でPCT国際出願を行い、優先日より3 0ヶ月の期間内に中国の国内段階に移行するようになって来ている。ここで発生する問題は、PCTルートを利用して中国の国内段階に移行する特許出願が、改正法第9条第1項の規定を満足できるかどうかという点である。
3.PCTルートを利用して中国の国内段階に移行する特許出願が、改正法第9条第1項の規定を満足できるか。
日本の出願人が、かつて、下記のような出願の例を示し、これが改正法第9条の規定を満たし、中国特許法が出願人に与える発明特許と実用新案特許を同時に出願できるという例外措置を活用したい、と提案したことがある。
出願例:出願人は自国でPCT国際出願を行い、かつ、中国特許庁に実用新案特許を出願する。そして、
ケースA:中国特許庁に実用新案特許出願を提出した日と、PCT国際出願を提出した日が異なり、しかも同一の優先権を主張していない。
ケースB:中国特許庁に実用新案特許出願を提出した日と、PCT国際出願を提出した日が異なるが。いずれも同一の優先権を主張している。
上記ケースAとケースBが、改正法第9条第1項の規定を満足するか否かについては、主に、前記(1)(同日提出)と(2)(声明する)という条件を同時に満たせるかどうかにかかっている。
まず、国際出願の場合、PCT条約に従って中国国内段階に移行した場合の出願日を確定する。実施細則第102条の規定では、特許協力条約に則り国際出願日が確定しており、かつ中国を指定した国際出願は、国務院特許行政部門(特許庁)に提出された特許出願とみなし、該国際出願日を特許法第28条にいう中国での出願日とみなす、としている。
従って、日本の出願人がPCTルートによって中国に出願する際、その出願日(提出日)は国際出願日である。ケースA、すなわち中国特許庁への実用新案特許出願日(提出日)と発明特許の国際出願日が異なる時は、明らかに前記(1)「同日」の条件を、満たすことができない。ケースB、出願日の面で見ると、同一の優先権を主張しているので、改正法第9条第1項の条件(1)を満足するが、PCTルートで中国国内段階に移行する際の願書は、PCT/CN501のフォーマットであり、この501フォーマットには「同一の発明創造について同日に発明特許と実用新案特許を出願する旨の声明」に関連する項がない。よって、この場合の出願人は、事実上、実施細則第41条第2項の出願時の声明という規定を満たすことができない。すなわち、国際出願の出願人は「同一の発明創造について、国際出願時に同日に実用新案特許を出願した」旨の声明を行うことができない。
結論:PCT条約ルートで中国国内段階に移行する場合は、実施細則第41条第2項の声明を行うことができず、改正法第9条第1項の規定の適用を受けることができない。言い換えれば、PCTルートによる出願はすべて、改正法第9条第1項の規定を利用できない。
三、PCTルートの場合、中国で発明特許と実用新案特許の双方の出願ができないのか
上記説明で得た結論とは、PCTルートにより中国国内段階に移行した出願は、いかなる方法によっても改正法第9条第1項の規定を満たせないと、いうものであった。しかし、この結論の重要な前提の一つは、「同一の発明創造に対する」発明特許と実用新案特許の双方出願に関するものであって、双方出願が「同一の発明創造」に関するものでない場合は改正法第9条とは無関係である。従って、「同一の発明創造」の定義を明確にする必要がある。
1.同一の発明創造
審査指南第二部分第三章第6節(同一の発明創造の処理)では、同一の発明創造に対し、以下のように定義付けている。「これは、2件又は2件以上の出願(又は特許)に存在する、保護範囲が同一の請求項を指す」。すなわち、2件の特許出願が、明細書の内容が同一であったとしても、その請求項に記載の保護しようとする範囲が異なれば、保護しようとする発明創造が異なると考えるべきである。
従って、日本の出願人がPCTルートにより中国国内段階に移行する際、発明特許と実用新案特許の双方を出願する制度を活用したいのであれば、改正法第9条第1項の規定を回避するしかない。実際に採用可能な手段は、双方の出願の請求項を同一としないことである。すなわち、同一の発明創造に対して実質的に異なる請求項に係る発明創造とすることで、改正法第9条の規定を回避できる。
しかし、異なる発明創造に係る請求項としただけで、ただちにPCTルートから中国に入って特許と実用新案と双方を出願できるのであろうか?答えは、NOである。出願人がこのほかに考慮すべきもう一つの要素は、抵触出願を避けることである。
2.抵触出願
抵触出願は、発明特許又は実用新案特許の新規性を判断する際に遭遇する問題である。改正法第22条第2項では、抵触出願を判断する条件を旧法の「他人」から「いかなる単位(組織)又は個人」に改めた。即ち、「新規性とは、該発明特許又は実用新案特許が従来技術に属さず、いかなる単位(組織)又は個人も同一の発明特許又は実用新案特許を出願日以前に国務院特許行政部門に出願しておらず、出願日以後に公表された特許出願書類又は公告された特許書類中に記載されていないこと、を指す」と規定した。
改正法第22条第2項に従い、抵触出願であるか否かを判断するにあたっては、2つの条件を考慮しなければならない。
(1)同一の発明特許又は実用新案特許(先行出願)が、判断対象の特許出願の出願日の前に出願されており、かつ出願日の後(出願日を含む)に公表されている。
(2)判断対象の特許出願と先行出願が、いずれも中国特許庁に提出されている。
ここで注意すべき点は、次の通りである。
改正法第22条第2項にいう同一の発明特許又は実用新案特許と、改正法第9条に関わる同一の発明創造とは、意味が異なる。
改正法第9条第1項に関わる同一の発明創造とは、権利請求書に記載の保護しようとする範囲が同一であることを指す。即ち、請求項が同一である時、はじめて同一の発明創造となるのである(例えば、明細書の記載内容が同一であったとしても、権利要求書(請求の範囲)の内容が異なれば、同一の発明創造とはならない)。
改正法第22条第2項に関わる同一の発明又は実用新案については、判断対象の特許出願の請求項と先行出願の出願書類全体を比較して、もし、先行出願に記載の発明創造の技術分野、解決しようとする技術的課題、技術方案(課題を解決するための手段)、所期の効果が実質的に当該出願の請求項に記載の保護範囲と同一であったならば、両者は同一の発明又は実用新案であると認められる。即ち、同一の発明又は実用新案であるかどうかを判断するにあたっては、権利要求書(請求の範囲)に記載の技術方案を比較するのみならず、明細書に記載の内容も考慮しなければならない。よって、一つの発明又は実用新案出願に抵触出願が存在する時は、先行出願の出願書類すべて(明細書、権利要求書)の記載と、当該請求項に記載の発明又は実用新案とを比較することにより、その新規性を判断しなくてはならない。
②いかなる単位(組織)又は個人(出願人本人を含む)が出願した先行発明又は実用新案も、すべて抵触出願(拡大先行出願)を構成し得る。
③抵触出願を判断する時限は出願日である。優先権を主張して出願する場合は、その出願日が優先日となる。
従って、説明の重点をこの部分のテーマ「PCTルートの場合、中国で発明特許と実用新案特許の双方の出願ができるか」に戻すと、答えはYESである。同一の発明と実用新案の技術方案を記載した出願は、それぞれ発明特許出願と実用新案特許出願を行うことができる。しかし、この時、出願人が直面するのは改正法第9条第1項の問題ではなく、抵触出願が出現することを避けるという問題である。その際、出願人は以下2点に注意しなくてはならない。
(1)出願する発明特許と実用新案特許が抵触出願(出願日又は優先日が異なること)とならないようにする。
(2)発明特許出願と実用新案特許出願の権利請求の範囲が同一であってはならない(異なる請求項に係るものとする)。
上記(1)の条件を満たすには、出願人は中国特許庁に対し同一出願日(優先権がある場合は、優先日が同じ)に、発明と実用新案をそれぞれ出願すればよい。(2)の条件を満たすには、出願人は出願書類として、同一の特許明細書と、保護範囲が異なる請求項からなる権利要求書を提出すればよい。例えば、以下の案例1~3の請求項は中国の審査基準では同一でないとされているので、これを利用することができる。
案例
「案例1」
出願1の請求項:3層構造の床であって、3種類の木材の板から構成する。
出願2の請求項:3層構造の床であって、3種類の木材の板をつなぎ合わせ接合で構成する。
「案例2」
出願1のマーカッシュ形式の請求項:一般式(Ⅰ)の化合物であって、R'=COOH,NH2……フェニル基、R2=Cl,SO3H,CH3, ……CH2 CH2 CH3。
(I)
出願2の選択的な請求項:一般式(Ⅰ)の化合物であって、R'=COOH, R2= Cl。
「案例3」
出願1の請求項:トレーであって、厚さ範囲が25~30mmである。
出願2の請求項:トレーであって、厚さ範囲が27~32mmである。
3.PCTルートから中国国内段階に移行する出願の場合、どのようにして発明特許出願と実用新案特許出願をそれぞれ提出するか
前段で取り上げた日本の出願人の例に沿って説明する。
(1)条件:
a.出願人が日本で特許出願Aを行った。
b.初めての出願Aの優先権期間(12ヶ月)内に、出願Aの優先権を主張して、PCT国際出願Bを提出する。
c.初めての出願Aの優先権期間(12ヶ月)内に、出願Aの優先権を主張して、中国特許庁に実用新案出願Cを提出する。
d.PCT国際出願Bの最も早い優先日から30ヶ月以内に、中国国内段階に移行し、特許出願Dを提出する。
(2)ケースA:中国特許庁に実用新案出願Cを提出した日と、PCT国際出願Bを提出した日が異なる。
ケースB:中国特許庁に実用新案出願Cを提出した日と、PCT国際出願Bを提出した日が同じである。
(3)上記中国特許庁に提出した出願Cと出願Dは、いずれも先行出願Aの優先権を主張しているため、ケースAであっても、ケースBであっても、出願日は同一であって、出願Cと出願Dが互いに抵触出願となることはない。
(4)実用新案出願Cは、中国に移行後、6~12ヶ月以内に、初歩審査を経て実用新案特許権が付与されることになる。
(5)発明出願Dは、実体審査を経て、権利付与条件に合致していれば、通常、実体審査請求後2~3年内に特許が付与される。
(6)このように取得した実用新案特許権は、中国での出願日から10年間保護される。特許権は中国での出願日から20年間保護される。
(7)上記(4)~(6)のステップにおいて、出願人は実用新案特許権又は特許権を保留するか、又は放棄するかを決定することができる。
4.PCTルートを通じ、中国に発明特許の出願を提出し、別途パリ条約ルートで実用新案特許の出願を提出する際の権利要求書の記載に留意しなければならない。
要は同一又は実質的に同一とされる請求項が存在しないように発明特許と実用新案特許の請求項を書き分けることに留意すべきであり、同一カテゴリーの発明創造に関する場合は構成要件の外的付加はもちろんのこと、上述した内的付加等を考慮して、両者の請求項を区分して記載することである。また、実用新案では物の形状又は構造に関する請求項を記載し、特許では方法の請求項を使ってカテゴリーを区分して記載することである。そして、実質的に同一とされる請求項が結果的に生まれることとなった場合は速やかにいずれかを放棄して有利な請求項を残すことになる。出願時に9条処理を回避する声明をしていない以上、9条の優遇措置を選択することはできない。以下に発明特許と実用新案特許の請求項の書き分けについての具体例を提案する。
1.出願A(日本で初めて先行出願)
a.明細書:
技術方案(装置)A、A+B、A+C、A+B+C、技術方案(方法)D
及び実施例a1、b1、c1と、a1+b1、a1+c1と、a1+b1+c1と、d1
b.権利要求書(請求の範囲):
請求項1(独立):A
請求項2(従属):A+B
請求項3(従属):A+C又はA+B+C
請求項4(独立):D
*A、B、C、Dは上位概念、a1、b1、c1、d1は具体例(a2、b2、c2、d2…を加えることができる)。
2.出願B(PCT国際出願)
明細書及び権利要求書は、出願Aと同一又は修正を加えて優先権を主張することが可能である。
3.出願C(実用新案出願)
a.明細書:出願Aと同一
b.権利要求書(請求の範囲)
請求項1(独立):A
請求項2(従属):A+B
請求項3(従属):A+C又はA+B+C
4.出願D(PCTで中国国内段階に移行。発明特許出願とする。)
a.明細書:出願Aと同一。
b.権利要求書(請求の範囲)
請求項1(独立):A’=(A+a1 内的付加又は選択的に構成される)
請求項2(従属):A’+B
請求項3(従属):A’+C又はA’+B+C
請求項4(独立):D(方法発明)
5.実用新案出願Cと特許出願Dの権利要求書記載時に注意すべき点は、
実用新案特許出願は初歩審査のみで権利付与されるので、独立請求項は発明特許出願の請求項より広く記載して、実用新案の創造性を確保する方向で発明特許と請求項を書き分ける。
(1)まず、以下の審査指南で示される実用新案特許の創造性の審査を考慮すべきである。
実用新案特許の創造性の審査においては、その技術方案における全ての技術的特徴を含めて考慮しなければならず、材料の特徴及び方法の特徴も含まれる。
特許法第22条第3項の規定に則り、発明特許の創造性とは、従来技術と比べて、当該発明が突出した実質的特徴及び顕著な進歩を有することをいう、実用新案特許の創造性とは、従来技術と比べて、当該実用新案特許が実質的特徴及び進歩を有することをいう。このため、実用新案特許の創造性の基準は発明特許の創造性の基準より低いということになる。
両者の創造性の判断基準の違いは、主に、従来技術に「技術の示唆」が存在するか否かの判断にある。従来技術に技術の示唆が存在するか否かを判断する際には、発明特許と実用新案特許との間に差異が存在し、このような差異が以下の二つの面に反映されている。
従来技術の領域についての差異
発明特許については言えば、当該発明特許が属する技術分野が考慮されるだけではなく、その類似及び関連技術分野、及び当該発明が解決しようとする技術課題に導かれて、当業者が技術手段を探すであろうその他の技術分野も考慮されなければならない。
他方、実用新案特許については言えば、一般的に、当該実用新案特許が属する技術分野が重点的に考慮される。但し、従来技術に明確な示唆、例えば、従来技術に明確に記載されたものに導かれて、当業者が類似又は関連技術分野へ技術手段を探せにいく場合、その類似又は関連技術分野を考慮することが出来るという相違点が見られる。
従来技術の数量についての差異
発明特許について言えば、一つ、二つ又はさらに多い件数の従来技術を引用してその創造性を評価することができる。
他方、実用新案特許について言えば、一般に、わずかに一つ又は二つの従来技術を引用してその創造性を評価することができるに過ぎない。もちろん、?単なる組合せ?を介して構成された実用新案特許に対しては、状況に応じて、多くの従来技術を引用してその創造性を評価してもよいとされている。
(2)次いで、中国の無効審判手続きにおいては、権利要求書(請求の範囲)の補正に対して非常に厳格であるので、権利要求書には十分な従属請求項がなくてはならないことを考慮して請求項を構成する必要がある。
即ち、無効審判手続きにおいて、発明特許と実用新案特許の請求項の補正は、一般にクレームの削除、併合及び技術方案の削除に限られる。①クレームの削除とは、権利要求書(請求の範囲)から1又は複数の請求項(独立請求項又は従属請求項を含む)を取り去ること、を指す。②クレームの併合とは、相互に従属関係にはないが同一の独立請求項に従属する2以上の請求項を併合すること、を指す。③併合したクレームには、併合された従属請求項の全ての技術的特徴(構成要件)を含んでいなければならない(一部併合は許されない)。④独立請求項を補正していない状態で、その従属請求項に対し併合式の補正を行うことは許されない。⑤技術方案の削除とは、同一請求項に列挙された2種以上の技術方案から、一種以上の技術方案を削除する(化学分野の発明によく見られる)こと、を指す。
(3)発明出願Dの権利要求書は、中国国内段階に移行する際に上記(1)及び(2)を考慮して実用新案特許の請求項と識別できるように補正することが望ましい。出願人は国際予備審査のレポートに基づき、技術方案A’を書き改めることができる。
最後に
中国の実用新案制度には多くの長所があり、その有効性は業界が等しく認めるところである(日本の実用新案より、利用価値がはるかに高い)。従って、中国での実用新案の出願は年々増加しており、2009年には35万件に達した(当然その中には品質の低い実用新案も含まれる)。近年、日本の出願人は中国の実用新案制度に強い興味を示している。筆者は、日本の出願人が中国の発明特許と実用新案特許の制度の特徴をしっかりと理解すれば、この異なる2種の特許のそれぞれの長所が十分に発揮され、完成した発明創造が実用新案特許と発明特許によるさらに有効な保護を得られると、信ずるものである。